社労士が解説:「年収の壁・支援強化パッケージ」社会保険料の労働者負担分を、手当として支給する企業に助成金
目次
年収の壁とは
9月27日(水)、全世代型社会保障構築本部(議長:内閣総理大臣)において「年収の壁・支援強化パッケージ」が決定されました。政府は本パッケージに基づき、政策を着実に進めていくこととしています。
そもそも「年収の壁」とはどういったことを指すのでしょうか。ここでは主に社会保険の壁について整理してまいります。
被扶養者
健康保険の被保険者に扶養されていて、一定の収入額以下の者は、被扶養者として認定されると自身の健康保険料は、負担しなくてもよくなります。
また、国民年金では第3号被保険者となり、同じく国民年金保険料の負担は不要となります。負担せずとも将来の年金額は、被扶養者として認定された期間においては保険料を納めたものとして計算されます。
被扶養者として認定できるのは、主として被保険者によって生計を維持されている以下の方々です。
- 直系尊属(被保険者の父母(養父母を含む)、祖父母など)
- 配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情(いわゆる内縁関係)にある者を含む)
- 子(養子を含む)
- 孫
- 兄弟姉妹
- 被保険者と同一世帯に属する、3親等以内の血族及び姻族
- 被保険者と同一世帯に属する、内縁の配偶者の父母及び子
- 被保険者と同一世帯に属する、内縁の配偶者の死亡後におけるその父母及び子
また、「主として被保険者によって生計を維持されている」かどうかは、次の基準によって判断されます。
- 被保険者と同一世帯に属している場合、年収(額面であり税引き前の収入。手取りではない)が130万円未満(60歳以上又は障害者は180万円未満。以下同じ)であって、かつ被保険者の年収の2分の1未満
- 被保険者と同一世帯に属していない場合、年収130万円未満であって、かつ被保険者からの仕送りより少ない
ここで収入の条件が登場します。俗にいう「130万円の壁」とよばれるものです。
もうひとつ、社会保険の壁には「106万円の壁」とよばれるものがあります。
これは、130万円の壁をクリアしていても、自身のパート・アルバイト先の会社規模によっては収入を106万円未満に抑えないと社会保険に加入する必要が生じてしまう、というものです。
以下の要件全てに該当すると被扶養者ではなく、自ら被保険者となる必要があります。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 残業代・ボーナスを含まない給与が月額88,000円以上
- 2か月を超える雇用の見込みがある
- 学生でない
この月額88,000円を年収にすると、約「106万円の壁」となります。
この要件は、従業員数が101人以上の会社で働く人が対象となりますが、2024年10月からは51人以上の会社まで拡大されますので、今は大丈夫だという方でも、来年には対象となることも考えられます。
これらふたつの壁を超えないようにしていなければ、被扶養者から外れ被保険者となり、健康保険料(40歳以上の場合は介護保険料も)と厚生年金保険料を負担する必要が生じます。
ただし被保険者となれば、持病などで働けなくなった場合には「傷病手当金」が受給でき、出産の際には「出産手当金」も受給できます。また、将来は国民年金にプラスして厚生年金も受給できるようになります。
被保険者となることでメリットも享受できるようになるため、一概に被扶養者のままでいることが良いとも言い切れません。
現状と課題解決へ向けて
厚生労働省によれば、労働者の配偶者で扶養され、社会保険料の負担がない層のうち約4割はパート・アルバイトとして勤務しています。
その中には、一定以上の収入(106 万円または 130万円)となった場合の、社会保険料負担の発生や、収入要件のある企業の配偶者手当がもらえなくなることによる手取り収入の減少を理由として、就業調整をしている人が一定程度存在しています。
2040年にかけて生産年齢人口が急減し、社会全体の労働力確保が大きな課題となってきています。
すでに企業の人手不足感は、コロナ禍前の水準に近い不足超過となっており、人手不足への対応は急務です。その中で壁を意識せずに働く時間を延ばすことのできる環境づくりを後押しするため、当面の対応として今回、支援強化パッケージを発表しました。
106万円の壁への対応
キャリアアップ助成金・社会保険適用時処遇改善コース
キャリアアップ助成金に新たなコースが設けられます。
パート・アルバイトが新たに社会保険の適用となる際に、パート・アルバイトの収入を増加させる取組を行った事業主に対して、一定期間助成を行うことにより、壁を意識せず働くことのできる環境づくりを支援します。
収入を増加させる取組については、賃上げや所定労働時間の延⾧のほか、社会保険適用に伴う保険料負担軽減のための手当(社会保険適用促進手当)として支給する場合も対象となります。
- 新たに被用者保険を適用するとともに、労働者の収入を増加させる取組を行う事業主に対して助成。
- 一事業所当たりの申請人数の上限を撤廃。
- 令和7年度末までに労働者に被用者保険の適用を行った事業主が対象。
- 支給申請に当たり、提出書類の簡素化など事務負担を軽減。
このコースには以下の3つのメニューが設けられます。
(1)手当等支給メニュー(手当等により収入を増加させる場合)
要件 | 1人あたり助成額 |
---|---|
①賃金の15%以上分を労働者に追加支給1 | 1年目 20万円 |
②賃金の15%以上分を労働者に追加支給するとともに、 3年目以降、以下③の取り組みが行なわれること | 2年目 20万円 |
③賃金の18%以上を増額2させていること | 3年目 10万円 |
・①、②の賃金は標準報酬月額及び標準賞与額、③の賃金は基本給。
・1、2年目は取組から6ヶ月ごとに支給申請(1回あたり10万円支給)。3年目は6ヶ月後に支給申請。
- 一時的な手当(標準報酬月額の算定に考慮されない「社会保険適用促進手当」)による支給も可。 ↩︎
- 基本給のほか、社会保険適用時に設けた一時的な手当を恒常的なものとする場合、当該手当を含む。労働時間の延⾧との組み合わせによる増額も可。また、2年目に前倒して③の取組(賃金の増額の場合のみ)を実施する場合、3回目の支給申請でまとめて助成(30万円)。 ↩︎
(2)労働時間延⾧メニュー(労働時間延⾧を組み合わせる場合)
<現行の短時間労働者労働時間延⾧コースの拡充>
週所定労働時間の延長 | 賃金の増額 | 1人あたり助成額 |
---|---|---|
4時間以上 | – | 30万円 |
3時間以上4時間未満 | 5%以上 | 30万円 |
2時間以上3時間未満 | 10%以上 | 30万円 |
1時間以上2時間未満 | 15%以上 | 30万円 |
・取組から6ヶ月後に支給申請。
・賃金は基本給。
(3)併用メニュー
1年目に(1)の取組による助成(20万円)を受けた後、2年目に(2)の取組による助成(30万円)を受けることが可能です。
社会保険適用促進手当
パート・アルバイトへの社会保険の適用を促進するため、非適用の労働者が新たに適用となった場合に、事業主は、当該労働者の保険料負担を軽減するため、「社会保険適用促進手当」を支給することができることとされます。
さらに、当該手当などにより標準報酬月額・標準賞与額の15%以上分を追加支給した場合には、上記キャリアアップ助成金の対象となりえます。
この「社会保険適用促進手当」は、給与・賞与とは別に支給するものとし、新たに発生した本人負担分の保険料相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定に考慮しないこととされます。
同一事業所内で同じ条件で働く、既に社会保険に加入している他の労働者にも同水準の手当を特例的に支給する場合には、社会保険適用促進手当に準じるものとして、同様の取り扱いとします。
①対象者
標準報酬月額が10.4万円以下の者
②報酬から除外する手当の上限額
社会保険適用に伴い新たに発生した本人負担分の保険料相当額とする。
③期間の上限
最大2年間の措置とする。
(例)年収106万円(標準報酬月額8.8万円)で勤務する者が、令和6年10月の適用拡大により適用となった際に本手当を利用した場合の試算
社会保険適用前 | 社会保険適用後 | 社会保険適用後 | 社会保険適用後 | |
---|---|---|---|---|
手当の支給なし | 手当の支給あり 保険料の算定対象とする場合 | 手当の支給あり 保険料の算定対象としない場合 | ||
算定対象となる年収 | 106万円 | 106万円 | 122万円 | 106万円 (手当16万円対象外) |
本人負担分の保険料 | 16万円 | 18万円 | 16万円 | |
手取り収入 | 106万円 | 90万円 | 103万円 | 106万円 |
事業主の追加負担 | 16万円 (保険料16万円) | 34万円 (手当16万円・保険料18万円) | 32万円(手当16万円・保険料16万円) |
130万円の壁への対応
事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
被扶養者認定においては、過去の課税証明書、給与明細書、雇用契約書等を確認しているところですが、パート・アルバイトである被扶養者(第3号被保険者等)について、一時的に年収が130万円以上となる場合には、これらに加えて、人手不足による労働時間延⾧等に伴う一時的な収入変動である旨の事業主の証明を添付することで、迅速な被扶養者認定を可能となります。
ただし、あくまでも「一時的な事情」として認定を行うことから、同一の者について原則として連続2回までが上限となります。
最後に
いかがでしょうか。そもそもの話ですが第3号被保険者は、1986年に専業主婦の低年金を解消するために設けられた制度です。しかしその後は女性の社会進出が進み、現在では6割以上が共働き世帯です。そういった社会の変化とともに、時代にそぐわない制度となってきているのかもしれません。
さらに、少子高齢化が進む中で現行の社会保障制度を維持していくためには、支え手となる被保険者を増やすことが大きな解決策の一つだともいわれています。
扶養を外れて被保険者となれば、年末になって就業を調整する必要がなくなるので、企業の人手不足の解消にも活用できそうな支援策です。助成金の活用は業務案内で説明しています。
新しい情報が入り次第、引き続きお知らせいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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